ご挨拶
ある日の共同研究で病気の発症・進行過程における間質に存在している細胞の話をしていた時に、話がどうも合わない事がありました。その原因を探っていくと、どの細胞が実質の細胞でどの細胞が間質の細胞かは研究者ごとに違っている事に気が付きました。このように、間質の定義は未だ不完全です。
今回、本領域の研究により間質を構成する細胞の多様性とそれらが織りなす複雑系細胞クロストークが明らかになれば、間質を改めて定義できると思っております。またそれらの変化と疾患との関係性を追えば、病気の発症・増悪メカニズムの解明にもつながるのではないでしょうか。リテラシ―とは「何らかの形で表現されたものを、適切に理解・解釈・分析し、改めて定義する」と言う意味です。現在、研究者によって定義が異なる間質を再定義する【間質リテラシ―】を完成させることを私達は目指しています。
領域背景
私達が健康長寿を達成するためには、感染症、自己免疫疾患、がん、線維症、炎症、メタボリックシンドローム等の様々な疾患に対する個々の治療・予防法を確立する必要です。しかし、これらの多くの疾患発症・増悪メカニズムの全貌は未だ明らかにされていません。病態の発症や進行過程の中で、これまでは臓器の実質とその空間に存在する細胞の研究が主体となってきました。本領域は実質主体の学術体系を転換し、間質に焦点を当てます。従来「間質」が名称に付く疾患(例えば、間質性肺炎、尿細管間質性腎炎、間質性膀胱炎など)において、「間質」は様々な原因に由来する病態が生じる「場所」を示しており、原因や病態を反映してきませんでした。また、炎症、線維化は、間質を主座として生じますが、個々の臓器や疾患における間質応答の特異性は全くと言ってよいほど理解が進んでいません。またがんには豊富な間質を認めますが、実質のみの病変と理解されがちであります。すなわち、間質で生じる様々な生命現象は今日まで軽んじられ、「間質」と「間質に存在する細胞」の臓器・疾患特異性、さらには、間質の学問領域としての統合的理解は不十分であります。しかし近年の研究から、間質に存在する特定の細胞の変化やそれらのクロストークの研究の必然性は認識され始めています。現在の間質研究の多くは組織学的、もしくはCT等の画像的な解析が中心に行われており、病態の変化と共に間質にどのような細胞集団が出入りしてどの細胞同士がクロストークを取りあっているかという点、また間質における様々な細胞や間質性細胞間クロストークが実質機能にどのように影響しているかという点など、間質における現象は未解明なままです。例えば間質性肺炎は、肺の間質が肥厚することにより肺実質の換気能と拡散能が著しく低下する病気でありますが、実際に疾患の発症に際して、間質性細胞集団(線維芽細胞、免疫細胞、血管、神経)の間にどのような細胞間クロストークが生まれるのか、またそのクロストークの実質に対する機能的意義は未だ明らかになっていません(図1)。その他の疾患に関しても、実質空間での研究は進んでいますが、間質空間の研究は殆どなされていなません。したがって、病態の発症・増悪に伴って間質に出現する様々な細胞集団のダイナミズムやクロストークを明らかにすることが、様々な疾患の発症・増悪メカニズムを完全に理解する上で喫緊の課題です。
病態の進行に伴って変化する間質の細胞を研究するにあたり、単一細胞種に絞った解析では、これまで未解明の病態の発症進行原理を完全に理解することは難しいとかんがえられます。本計画では、疾患発症・増悪過程でこれまで殆ど着目されてこなかった間質の複数細胞種間クロストークに焦点を当て、その場に出入りする細胞ダイナミズムや分子的特徴を網羅的に明らかにし、それぞれの関係性を繙き、疾患発症メカニズムを統合的に理解することを『間質リテラシー』としました。これらの研究から、今まで曖昧であった間質を正確に再定義することで、これまでわからなかった疾患発症メカニズムを明らかにしたいと考え、本領域の着想に至りました。
外部評価委員
松島網治先生 東京理科大学 特任教授
柳田素子先生 京都大学 教授
山中宏二先生 名古屋大学 教授
審良静男先生 大阪大学 特任教授